「行政の福祉化」ってなに?

①財政難の大阪府で現場のアイデアから生まれた先駆的施策

●財政難からスタートした大阪府独自の自立支援策

「行政の福祉化」は1999(平成11年)年に大阪府でスタートした、先駆的な取組みです。

当時の大阪府はバブル崩壊の影響で、税収がピーク(1992(平成4)年)の7割程度と、4000億円近くも減収するという財政難でした。

一方で、1998(平成10)年には「知的障がい者」を法定雇用率の算定基礎に含める法改正もあり、知的障がい者の就労支援策を講じることが不可欠でした。

そこで、大阪府は全庁的な取り組みとして、「住宅、教育、労働など各分野の既存施策・府有資源を活用し、障がい者や母子家庭の母、高齢者などの雇用・就労機会の創出や自立支援」を目指した「行政の福祉化」プロジェクトをスタートさせました。

●実際の清掃現場を就労支援の場に

そこから、「知的障がい者等の雇用就労機会の創出」としてうまれた取り組みの1つが「障がい者等の就労支援を目的とした清掃業務委託」です。一言でいえば、「清掃現場で知的障がい者の就労支援」を行うということです。現在の生活困窮者の就労準備支援事業などに導入されている中間的就労の走りでした。これは、次の2つの面でも先駆的でした。

「訓練のために用意された環境ではなく、実際の清掃現場を活用した訓練」

「既存の清掃現場を活用した費用対効果の高い就労支援」

【訓練施設での就労支援と現場での就労支援の費用比較】
【障がい者等の就労支援を目的とした清掃業務のフロー図】

●府営住宅ストックの地域資源化

もう1つが、「府営住宅など既存資源を活用した福祉活用」です。行政の福祉化プロジェクトで取り組んだことで、1998(平成10)年にスタートしていた府営住宅活用型のグループホームは124住宅523戸(2019(令和元)年)と全国最多。小規模保育事業所、子ども食堂、若年女性向けシェアハウス、若者等の職業的⾃⽴などにも利用され、府営住宅が地域資源として根付いています。

【府営住宅の障がい者グループホームへの活用】
参考「行政の福祉化促進プロジェクト報告書」(平成12年3月)
https://www.pref.osaka.lg.jp/attach/9495/00000000/H12%20pt-houkokusho.pdf

②「価格」だけでなく「公共性・社会性」を踏まえた入札制度

1999年の行政の福祉化プロジェクトで提案された取組みも、具体化が滞っている分野もありました。それでも時間と不況は待ってくれません。雇用失業情勢はさらに悪化し、改めて「行政の福祉化推進プロジェクト」が2002(平成14)年に再びたちあがりました。その中で「障がい者等の就労支援を目的とした清掃業務委託」を受託していたエル・チャレンジが提案し、公共調達で雇用就労支援を推進する「総合評価一般競争入札制度」のモデル実施が決まりました。

公共調達とは行政や官公庁が物品や業務委託、工事などを受託する事業者を決めることです。清掃業務の受託者は価格のみで決定される一般競争入札が中心でしたが、価格のみならず障がい者雇用の取組みや環境への配慮など「公共性・社会性」も評価する総合評価一般競争入札が全国で初めて導入されました。

その結果、知的障がい者等の雇用は大きく進みました。それだけでなく大阪府の総合評価一般競争に参画するビルメンテナンス企業の障がい者雇用率は10%以上が当たり前という、産業のソーシャルファーム化もすすみました。

※ソーシャルファームとは、障がい者など就労に困難を抱える方が、配慮のある職場で他の従業員と共に働く事業所のこと。

【2003.05.05(産経・朝)】
【評価項目について】
「平成14年度行政の福祉化推進プロジェクト報告書」
https://www.pref.osaka.lg.jp/attach/9495/00000000/H14%20pt-houkokusho.pdf

③総合評価一般競争入札制度の社会的価値を測定してみよう

ところで、障がい者雇用が促進されたとしても、コストがかかりすぎると元も子もありません。そこで2017(平成29)年には、行政の福祉化の取り組みに係る検証および社会的コスト推計に関する調査検討が行われました。総合評価入札の取組みに係る経費(「総合評価入札」による契約額と一般競争入札による契約額との差額)と、障がい者が就労することによる利益(「社会保障給付費」の削減額および「税・社会保険収入」の増加額)を比較したところ、15年間で約6億円の費用対効果があったと検証され、総合評価一般競争入札制度の優位性が示されました。

【総合評価入札 効果検証結果】

④障がい者から就労困難者へ。行政の福祉化を「大阪の福祉化」につなげよう

「行政の福祉化」がスタートして約20年。大阪府社会福祉審議会で行政の福祉化推進検討専門部会が設置されました。専門部会では、超高齢社会、少子化、地域社会の脆弱化など多くの人々が福祉と関わる時代を迎え「①福祉観の転換」が求められていること。問題部分を修復する穴埋め型の福祉から、望ましいものを実現しようとする「②増進型の福祉」が追求すべき新しい福祉であること。行政だけでなく公益法人、ビルメンテナンスだけでなく他の職域においても行政の福祉化と同様の視点で取り組みを進め「③大阪の福祉化」を目指すことが提言されました。そして、「民都・大阪」として、府・府民・事業者などが協働して、「誰もが活躍できる社会」をめざし、「ユニバーサル就労(ひとり親・障がい者・生活困窮者などの就労困難者の就労)」を推進することを基本理念とした条例の検討がすすめられました。

平成29年度 大阪府における行政の福祉化の推進のための提言(概要版)
https://www.pref.osaka.lg.jp/attach/9495/00000000/gyofukukateigenshogaiyo.pdf

⑤ハートフル条例の改正へ

2019(平成31)年4月、大阪府ハートフル条例が改正されました。2010年4月に施行されたこの条例は、「大阪を障がい者雇用日本一にする」という目標達成を目指し、「①府は障がい者雇用法定雇用率を達成していない事業者とは契約を結ばない」「②雇用率達成に努力した、とくに中小事業主には法人府民税を減免する(ハートフル税制)」ものでした。

この改正では、審議会の提言内容を踏まえ、支援対象を「障がい者」から「障がい者等就職困難者」に拡大する「①支援対象者の拡充」、行政の福祉化のもと推進されてきた公契約や公共調達で「②総合評価入札を推進する」、企業と当事者への両面を支援する「③「職場環境整備支援組織」の認定」という3点が盛り込まれました。

【「ハートフル条例」+「行政の福祉化」で生まれた改正ハートフル条例が目指す効果】
「行政の福祉化」関係社会福祉・雇用関係・その他
H10 1998年度 ・特定非営利活動促進(NPO)法施行→市民団体・ボランティア団体等が法人格を取得 ・障害者雇用促進法改正施行(法定雇用率の算定基礎の対象に知的障がい者を追加)
H11 1999年度・「行政の福祉化」プロジェクトチーム設置 ・「行政の福祉化促進プロジェクト」報告書 
H12 2000年度・具体的な取組みのスタート(清掃業務の就労訓練、授産製品の購入、府営住宅のグループホーム提供、知的障がい者職場実習受入等) ・健康福祉部(当時)に「就労支援課」、商工労働部に「雇用促進グループ」の設置・社会福祉法改正施行(社会福祉基礎構造改革、小規模授産施設の導入) ・介護保険法施行 ・社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会報告書(社会的排除やソーシャル・インクルージョンの概念の登場)
H14 2002年度     ・障害者雇用促進法改正施行(関係会社特例、障害者就業・生活支援センター、ジョブコーチの創設、障がい者に精神障がい者を追加) ・ホームレス自立支援法施行(10年の時限立法)
H15 2003年度・府有施設における清掃発注業務において総合評価入札を導入・母子及び寡婦福祉法改正施行(ショートステイ、保育所優先利用、就業支援策の充実など) ・障害者支援費制度スタート
H16 2004年度・府有施設における清掃発注業務において総合評価入札の本格実施 ・「大阪府ITステーション(障がい者の雇用・就労支援拠点)」オープン ・「公務労働検討チーム(府の公務労働における就労機会の拡大を図るため設置した部局横断会議)」の設置・障害者雇用促進法改正施行(雇用率制度除外率の引き下げ(一律10%)) ・地方自治法施行令改正施行(3号随契の対象に「福祉関係施設からの物品調達」を追加)
H17 2005年度・公営住宅法施行令改正を受けて、知的・精神障がい者等を府営住宅の募集対象世帯に追加・発達障害者支援法施行 ・障害者雇用促進法改正施行(ジョブコーチ・グループ就労訓練助成金、在宅障害者就業支援制度の創設など) ・府財務規則改正施行(地方自治法施行令改正に伴う随契手続き規定の設置)
H18 2006年度・指定管理者制度の選定基準に「行政の福祉化」の視点(障がい者法定雇用率等)を導入・障害者自立支援法施行(就労支援関係のサービス体系を「就労支援事業」、「就労移行支援事業」として見直し ・障害者雇用促進法改正施行(精神障がい者の雇用率への参入)
H19 2007年度・大阪版市場化テストの選定基準に「行政の福祉化」の視点を導入 ・大阪府工賃倍増計画 
H20 2008年度・従来の「モデル雇用(府庁等における知的障がい者の職場実習の受入れや非常勤雇用をモデル的に行う取組)」に加えて「チャレンジ雇用(知的障がい者等を、自治体等において非常勤職員として雇用し、一般企業等への就職につなげる制度)」を開始・地方自治法施行令改正施行(3号随契の対象に「福祉関係施設からの役務提供」を追加)
H21 2009年度・「まちのパン屋さん(庁内スペースを活用し、障がい者就労施設等で製造したパン等の販売機会を提供する取組)」オープン・障害者雇用促進法改正施行(企業グループ算定特例、事業協同組合等算定特例制度の創設)
H22 2010年度・「モデル雇用」を「チャレンジ雇用」に一本化・府ハートフル条例施行 ・障害者雇用促進法改正施行(障害者雇用納付金制度適用対象の拡大(200人超え企業)、短時間労働者の雇用率カウント、雇用率制度除外率の引き下げ(一律10%))
H23 2011年度・「府障がい者サポートカンパニー制度(障がい者の雇用や就労支援に積極的に取り組む事業者の登録制度)」の開始 ・「ハートフルオフィス(知的障がい者、精神障がい者を対象とした非常勤雇用拡充のため、障がい特性に合った事務補助業務を全庁的に集約する取組)」のオープン・地方自治法施行令改正施行(3号随契の対象に「自治体の長の認定を受けた者」を追加) ・パーソナル・サポート事業(平成25年度より生活困窮者自立促進モデル事業)
H24 2012年度・公営住宅法改正を受けて、府営住宅の単身入居における自活要件を廃止 ・大阪府工賃向上計画・ホームレス自立支援法延長(5年間延長) ・母子家庭の母及び父子家庭の父の就業の支援に関する特別措置法施行(ひとり親家庭等を支援する社会福祉法人等への物品・役務調達の努力義務など) ・公営住宅法改正施行(自活要件の廃止) ・認定NPO法人制度(寄附者に対する税制上の優遇措置)
H25 2013年度 ・障害者総合支援法施行 ・子どもの貧困対策の推進に関する法律施行 ・障害者優先調達推進法施行
H26 2014年度 ・母子及び父子並びに寡婦福祉法改正施行(ひとり親家庭・父子家庭への支援強化) ・生活保護法改正施行(一部平成25年度)
H27 2015年度 ・生活困窮者自立支援法施行 ・障害者雇用促進法改正施行(障害者雇用納付金制度適用対象の拡大(100人超え企業)) ・地方自治法施行令改正施行(3号随契の対象に「認定生活困窮者就労訓練事業を行う施設」を追加)
H28 2016年度   ・障害者差別解消法施行 ・障害者雇用促進法改正施行(雇用の分野における差別禁止と合理的配慮の義務化)
H29 2017年度・府庁内に「福祉のコンビニ“こさえたん”(障がい福祉施設の製品を販売する店舗)」オープン ・大阪府社会福祉審議会に「行政の福祉化推進検討専門部会」が設置され「行政の福祉化の推進のための提言」が取りまとめられる・社会福祉法改正施行(社会福祉法人による社会福祉事業・公益事業を必要な者に無料・低額で提供する責務規定の創設) ・生活保護制度及び生活困窮者自立支援制度の見直し ・ホームレス自立支援法、延長(10年間延長)
H30 2018年度 ・生活保護法案及び生活困窮者自立支援法改正 ・障害者総合支援法改正施行 ・障害者雇用促進法改正施行(法定雇用率の算定基礎の対象に精神障がい者を追加)
R1 2019年度・府ハートフル条例改正(①対象を障がい者を含む就職困難者に拡大②公契約における就職困難者の就労支援推進を規定③障がい者等の職場環境整備等支援組織の認定) 
【年表】
『行政の福祉化』を取り巻く主な法制度の変遷について